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あすなろ日記

あすなろ日記

オリジナルBL小説「落日」(第1部)

 
  オリジナルBL小説「落日」(第1部)



 僕は羽をもがれた蝶を見ていた。夕暮れの公園で独り

 ベンチに座りながら地べたを這っている蝶を眺めていた。

 誰が羽をもいだのだろう。羽さえあれば美しく空を飛べる

 蝶が他愛のない悪意による悪戯で傷つき、醜く変貌した

 身体を引き摺って、みすぼらしく這いつくばって生きている。

 ヨタヨタと地面を這う蝶はまるで僕の人生のようだ。

 身体を引き裂かれるような痛みを味わい、人から奇異の

 目を向けられ、虫ケラのように踏み躙られ、自尊心を

 無くすほどに苛められ、死にたいと願いながら死ぬことも

 できないまま、地を這う思いで生き続け、早く死ねと

 人に嘲笑われ、それでも、惨めに生に固執している自分に

 そっくりだと僕は思った。似た者同士仲良くしたいのか

 蝶が僕の足元に寄ってきた。僕のスニーカーに這い上ろう

 とする蝶を、僕はそっと指で摘まんで、優しく引き剥がし、

 手の平に乗せてみた。蝶は何か言いたそうに触角と前足を

 動かしながら、僕を見つめていた。ほんの少しの間だけ

 見つめ合った後、僕は蝶を地面に戻し、ゆっくりと足を

 踏み下ろし、僕の足元から去ろうとしない蝶をぎゅっと

 踏み潰して殺してあげた。

                      

 「麻里緒、待たせたな。」

 ハッとして顔をあげると、息を切らして走り寄ってきた先生が

 僕の目の前にいた。

 「先生。」

 僕は蝶に気を取られて、先生が来た事に気付かなかった。

 僕は靴の裏についた蝶の残骸をこっそりと地面に

 擦り付けて、体裁が悪そうに笑った。でも、先生は僕が

 蝶を殺した事には全く気づいていないようだった。

 僕の恋人である先生と会うのは久しぶりだ。僕が

 小学生の頃には担任だったから、毎日、学校で会えたし、

 放課後も先生のアパートにしょっちゅう通ってた。ところが、

 僕が小学校を卒業して、中学生になってからは週に2回

 この公園で待ち合わせをして、先生の家に行くだけに

 なってしまった。しかも、昨日は急用が出来たと言われて、

 キャンセルされたから、中学生になった僕が先生に会うのは

 まだ4回目だ。先生のいない学校生活は毎日辛くて、

 2週間しか経ってないのに、もう2ヶ月くらいに感じる。

 部活も入るか入らないか先生に相談したいし、何よりも

 Hがしたい。もう5日も先生とHしてないから、早く先生と

 したくて身体が疼いちゃう。僕がウキウキとベンチから

 立ち上がると、先生は何故か困ったような顔をして、

 物凄く真剣な声で、こう言った。

 「麻里緒。話があるんだ。」

 「話って何?」

 「しばらく会うのをやめようと思うんだ。」

 「えっ?!」

 僕は突然の先生の言葉に絶句した。

 「しばらくって言っても、1ヶ月。いや、2、3週間でいいんだ。

 すまないが、今日はこのまま帰ってくれ。今は理由は

 言えないが、後で説明するから。」

 「何だよ。それっ!」

 僕は語尾を荒らげて、ふくれっ面をしてみせた。

 いつも先生は僕が怒ると、ごめんって謝ってくるから、

 今日も当然謝ると思ったのに、何故か今日は違っていた。

 先生は目を細めて、僕をじっと見た後、酷く冷たい感じで、

 「じゃ、そういうことだから。2週間後にまた電話するよ。」

 と言った。僕はショックで何も言えなかった。ただ黙って

 俯いていると、先生も黙って去って行った。

 さよならも言わないなんて・・・そう思うと、涙が出てきた。

 僕は手の甲で目を擦ると、恨みがましく、先生の後姿を

 睨みつけてやった。

                      
              
 太陽が沈む頃、僕は泣きながら公園を出た。歩きながら

 涙が溢れて止まらなかった。僕はどうして先生の目の前で

 泣かなかったんだろうって後悔した。僕があと1分早く

 泣いたら、先生も少しは態度を変えたかもしれないのに、

 僕はいつだって、少しズレている。いつも独りで泣くくせが

 ついているから、後から涙が出てきてしまう。きっと誰かに

 見られたら、また苛められたんだろうなって思われるかも

 しれない。僕は小学校3年生の頃から、あの事が原因で

 いじめられ始め、4年生は地獄だった。登校拒否になった

 僕を助けてくれたのが5年で担任になった神崎先生だった。

 先生は毎日、僕の家に学校のプリントを届けてくれて、

 学校に来るように説得してくれた。僕が恐る恐る学校に行くと、

 僕をいじめる子たちを叱って、僕がいじめられないように

 傍でいつも見張っていてくれた。3ヶ月間学校を休んで、

 勉強が遅れているのが心配だって、授業後も勉強を僕にだけ

 教えてくれた。6年生になっても担任は神崎先生で、僕は

 誰からもいじめられない幸せな1年間を過ごす事ができた。

 中学校に入学するまでは・・・

 「おいっ!麻里緒じゃないか。こんなとこで何してるんだぁ?」

 突然いじめっ子の坂田たちに声をかけられて、僕はビビって

 立ち止まってしまった。逃げようかとも思ったけど、迷ってる

 うちに、道の向こうから駆け寄ってきた3人にあっという間に

 囲まれてしまった。

 「何だよ!お前、もうビビって泣いてんのか?」

 まるでチンピラのように僕の顔を覗き込んできた3人は

 小学生の頃に僕をいじめていた3人だった。6年生は

 違うクラスで大人しくしていたのに、中学に入ってから、

 同じクラスになって、また僕をいじめるようになった。

 「何とか言えよ!コラァ!」

 坂田が僕の頭をげんこつで殴った。

 「痛っ!」

 僕は思わず、睨んでしまった。すると、

 「何だぁ!その眼は!!」

 と言って、坂田の仲間の竹内と一之木がポカポカと強く

 僕の頭を殴った。僕は今度は我慢して黙って俯いた。

 こいつらは昔、僕をサンドバッグだって言って、ボコボコに

 殴ってた連中だから、庇ってくれる先生がいなくなった今、

 何を言ってもムダだった。

                      

 「ひょっとして、お前、また神崎と会ってたのか?中学に

 なってもまだ先生って甘い声出してまとわりついてんのか?

 キモいなぁ。」

 「ホモってキモ~!」

 「エイズになるぞ~!ハハハ・・・」

 竹内と一之木が坂田に続いて、はやしたてた。

 「なあ、知ってるか?神崎が生徒に手を出したって。今度は

 小4だってさ。俺の妹が神崎のクラスになっちまってよ。

 なんかやたらとひいきするからムカつくって思ってたら、

 ひいきしてる男子に手を出したらしいぜ。今、学校中で噂に

 なってるってさ。一昨日、男子生徒を居残りさせて、教室で

 二人っきりになった時に体中をベタベタ触ってきたらしいぜ。

 ケツまで撫でられたって、泣きながら教室を飛び出して、

 大騒ぎになったってさ。神崎はスキンシップだって言い訳

 してるけど、服の上からでも触った事には変わりないから、

 教育委員会に訴えるって、そいつの母親が怒ってるってさ。

 前から神崎は怪しいってみんな思ってたからな。お前の事を

 ホモって言うと、あいつはいつも怒ってたけど、あいつが

 ホモだったんだろ?どうせ陰で隠れてヤッてたんだろ?

 絶対に違うって言ってたけど、嘘なんだろ?正直に言えよ。

 キスくらいはしてたんじゃないのか?」

 興味津々といった感じで聞いてきた坂田に、僕はこれだから

 童貞は嫌なんだ。質問のレベルが低すぎる。キスなんか

 小5の1学期に済ませたよ。先生とは夏休みからずっとH

 してたって言ってやりたかったけど、僕はバカじゃないから

 黙ってた。坂田は

 「何とか言えよ。ホモ!ホモのくせに生意気だぞ~!ホモは

 人間のクズだからな。クズはクズらしく俺の質問に答えろよ。

 『先生とホモってました。すみません。』って謝れ!」

 と言って、僕を突き飛ばした。僕は道端に転んでしまい、

 手と足を擦り剥いた。痛くて悔しかったけど、何か言うと、

 殴られるから、黙っていた。すると、坂田はいい気になって、

 「土下座して謝れ!」

 と言ってきた。でも、さすがに土下座は僕のプライドが

 許さなかった。小4の頃は殴られるのが恐くて、何度も

 土下座してたけど、こんなバカな連中に土下座するのは

 もう真っ平だと思った。僕は怒りを込めて、坂田を睨んだ。

 しかし、坂田は憎たらしい顔をして、僕の腹を蹴った。

 続いて竹内と一之木も僕を蹴りつけた。小4の時よりも

 蹴る力が強くなっていて、僕は痛みに耐えられなくなって、

 泣いてしまった。

                     

 悔しさと痛みで訳が分からなくなって、僕がうずくまって

 泣いていると、

 「おいっ!!コラァ!!てめぇら、何してやがる!!」

 と、怒鳴り声がした。びっくりして、一斉に振り向くと、
 
 同じクラスの伊藤君が立っていた。伊藤君は小2の時まで

 僕と親友だった。小3から4年間クラスが別々で、あんまり

 口も利かなくなっていたけど、ずっと僕には優しかった。

 僕をいじめた事は一度もなかった。

 「何だよ!伊藤!お前には関係ねぇだろ?それとも何か?

 お前も神崎と同じかぁ?」

 坂田が粋がって伊藤君につっかかった。伊藤君はギッと

 睨んで、拳を握りしめたかと思うと、坂田の顔を殴った。

 坂田はよろけて倒れそうになり、

 「何すんだ!!」

 と自分の顔を押さえて、睨むと、伊藤君は迷うことなく、

 もう一発坂田の顔面にパンチをくらわせた。

 「ヒィッ!」

 と悲鳴を上げて、竹内と一之木が逃げ出した。

 一人残された坂田もビビって、

 「おいっ!待てよ!」

 と言って、二人の後を追うようにして逃げて行った。

 「伊藤君、ありがとう。」

 僕は助けてくれた伊藤君にお礼を言った。

 「礼なんか言わなくていいよ。それより、大丈夫か?

 麻里緒。最近またあいつらにいじめられてるって

 聞いたけど、本当だったんだな。どうして俺に内緒に

 してた?今度からあいつらに何かされたら俺に言えよ。

 俺、昔と違って、ケンカ強くなったんだ。これからは

 俺が麻里緒を守ってやるよ。ずっと気になってたんだ。

 麻里緒のこと・・・」

 心配そうに聞いてくる伊藤君が僕には白馬に乗った

 王子様に見えた。

                      

 家に帰ると、母さんと妹の麻美が楽しそうに夕食のカレーを

 食べていた。僕が帰ってきた事に気付いた母さんは

 「あらっ?!どうしたの?また転んだの?」

 と、怪訝そうに聞いてきた。

 「うん。」

 と、僕は答えて、リビングの救急箱を持ち出そうとした時、

 「そんな汚い手で救急箱に触らないで。ちゃんと手を

 洗いなさい。服も脱いで洗濯カゴに入れて、パジャマに

 もう着替えなさいよ。」

 と、言われた。

 「はい。」

 僕は小さな声で返事をして、洗面台に行って、泥と血で

 汚れた手を洗った。服を脱ぐと、腹と背中にいくつもの

 アザがついていた。足から血を流したまま自分の部屋に

 パジャマを取りに行って着替えると、リビングに戻って、

 消毒液とバンドエードで手当てをした。その間、母さんは

 麻美とダイニングルームでカレーを食べていた。僕が

 ダイニングテーブルに着くと、嫌そうな顔でお皿にご飯と

 カレーをよそって、僕の前に置いた。僕は黙ってカレーを

 食べた。母さんは食事中、僕と一言も会話しなかった。

 母さんは僕の事が嫌いだった。女の子が欲しかったから

 と言って、昔から4つ歳下の妹ばかり可愛がっていて、

 いつも僕はいないものと思いたいような素振りをみせる。

 昔は優しかった父さんも今では僕にどう接していいのか

 分からないみたいに僕を避けるようになった。僕を見てると

 イライラするって母さんに言われた事もあった。父さんは

 毎日残業で夜遅く帰ってくる。千葉県に30年ローンで家を

 建てたのは約6年前。毎日片道2時間電車に揺られて

 通勤する父さんは朝早く僕が起きる前に家を出て、妹が

 寝る時間に帰ってくる。僕は家では食事以外常に一人で

 自分の部屋に閉じこもっている。家族は僕が嫌いだった。

 多分みんな僕の事が許せないのだろう。あの夏の日以来、

 誰も僕と会話したがらない。

                      
 
 あれは8歳の夏休みだった。小学校2年生の僕は伊藤君と

 蝉を捕る約束をして、神社の公園の林に出かけて行った。

 だけど、伊藤君は来なかった。僕が一人で蝉を捕まえて

 遊んでいると、近所のマンションに住んでいる大学生の

 お兄さんがお菓子をあげるって寄って来た。僕は近所の

 お兄さんと一緒に遊びながら、伊藤君を待つ事にした。

 でも、5時になっても6時になっても伊藤君は来なかった。

 僕が帰ろうとすると、お兄さんは

 「もう少し待とうよ。」

 と言って、引き止めた。日が落ちる頃、お兄さんは突然

 僕を抱きしめてキスをした。びっくりした僕はお兄さんを

 突き飛ばして逃げようとしたけど、お兄さんは僕の腕を

 掴んで押し倒し、僕の服を脱がそうとした。僕が悲鳴をあげ

 ようとしたら、口にハンカチを押し込まれて、窒息するかと

 思うくらい手で口を押さえつけられた。ズボンを脱がされて

 足を抱え上げられたかと思うと、激痛が走った。痛くて痛くて

 死にそうだった。僕はもう何が何だか分からなくて、泣きながら

 お兄さんに殺されるんだと思った。優しかったお兄さんが何故

 豹変したのか今でも分からない。終わった後、僕のお尻は

 ナイフで刺されたみたいに血だらけだった。ぐったりした僕を

 見て、死んだと思ったのかお兄さんは逃げて行った。自力で

 僕は泣きながらパンツとズボンを穿いて、下半身から血を

 流しながら、家に帰ると、母さんは慌てて警察に通報した。

 その後の事はよく覚えていないけど、僕を犯したお兄さんは

 合意の上で抱いたと嘘をついた。仲良く遊んでいる姿も

 目撃されていて、お兄さんは犯罪者にはならなかった。

 僕が犯されている時の目撃者は一人もいなくて、長引くと、

 余計に恥をかくから、示談にしたと母さんが言っていた。

 100万円持ってきたらしい。相手の親が息子の不始末を

 詫びて、土下座したらしい。母さんは金を受け取って、

 告訴を取り下げたって言っていた。大学生のお兄さんは

 引っ越して、僕の前から姿を消した。本気で好きだったって、

 何で手を出してしまったのか分からないって、弁護士に

 ずっと言ってたらしい。反省してるから、許してあげてって

 言われて、許してあげたけど、その後、学校でいじめられる

 って知ってたら、僕はあの時、許さなかった。厳密にいうと、

 2年生の時は可哀想な被害者で、3年生になってから、人に

 興味本位でいろいろ聞かれたり、ホモってからかわれたり、

 落書きされたりするようになった。段々とエスカレートして、

 いじめに発展していったけど、僕が登校拒否になるくらいに

 いじめられたのは4年生の時だった。それにしても伊藤君は

 いつからあんなに喧嘩が強くなったんだろう。昔はあんまり

 強くなかったのにと僕は思った。明日の朝、伊藤君に何て

 言おうかと考えて、僕は眠りについた。僕は明日、学校で

 伊藤君に会うのが楽しみだった。

                        

 翌朝、僕が学校に登校すると、教室の前に坂田たちが

 待ち構えていた。僕が立ち止まって、怯えていると、

 伊藤君が教室の窓から廊下に顔を出して、

 「麻里緒!こっち来いよ!」

 と、僕を呼んでくれた。僕は嬉しくて、伊藤君のところに

 駆けて行った。

 「おはよう。伊藤君。」

 僕が笑顔で挨拶すると、伊藤君はニコッと笑ってくれた。

 伊藤君は目が細くて、笑うと更に細くなって、まぶたを

 閉じているかと思うくらい目が細い。でも、僕は伊藤君が

 韓流スターのようにカッコ良く見えた。

 「オッス。安部って伊藤の昔のダチだったんだって?

 全然知らなかったぜ。」

 伊藤君の新しくできた友達の加藤君が僕に話しかけてきた。

 加藤君は小学校が隣の学区だったから僕の事は知らない。

 「麻里緒でいいよ。僕は苗字で呼ばれるより名前で呼ばれる

 ほうが好きだから。」

 「そっか。じゃ、麻里緒って呼ぶよ。」

 「よろしく。」

 僕は握手をしようと、笑顔で手を差し出した。ところが、フッ

 と鼻で笑われてしまった。加藤君は両手をズボンのポケットに

 つっこんだまま、

 「よろしくだってさ。俺によろしくなんて言う奴、初めて

 見たぜ。ハハハ・・・」

 と、笑った。よく考えたら、僕がいじめられている理由を

 加藤君が知らないように僕も加藤君のことを知らなかった。

 加藤君はちょっと不良っぽいところがあって、入学式から

 すぐに伊藤君と仲良しになった子で、背が高くて、喧嘩が

 強そうな子だった。顔は可もなく不可もなくといった感じで

 服装は派手だった。学ランは短ランで、シャツをズボンから

 出して着ていた。通学用デイバッグは指定の濃紺ではなく

 黒色で、沢山の缶バッチが付けられていた。僕はどうして

 伊藤君が加藤君と友達になったのかは知らないけど、

 とりあえず、にこやかに笑っておこうと思って、ヘラヘラ

 笑っていた。すると、廊下からヒソヒソと声がした。

 「ヤクザの子とつるむなんて、バカだぜ。」

 坂田たちだった。

 「あいつの親が関東青龍会常磐組の若頭だって知ったら、

 麻里緒のやつ、きっと、ビビって逃げ出すに決まってるぞ。

 笑っていられるのも今のうちだけだぜ。」

                        

 加藤君が恐いのか坂田たちは僕に手を出さなくなった。

 僕は伊藤君と加藤君にくっついて毎日平和に過ごすように

 なった。加藤君は優しかった。学校帰りにコンビニに寄って、

 ジュースやアイスを奢ってくれる気前の良い子だった。

 「俺も最初、びっくりしたんだぜ。加藤って、すっげぇ

 金持ちなんだ。」

 伊藤君がコーラを飲みながら言った。僕も買ってもらった

 オレンジジュースを飲みながら、僕に奢ってくれる人は

 先生以外いなかったなって思った。お土産も他の友達は

 もらってるのに、僕だけくれなかったりとか・・・疎外感を

 ずっと感じてた。

 「加藤の1ヶ月の小遣いっていくらだと思う?」

 伊藤君がクイズを出してきた。僕はちょっと考えて、

 「5千円。」

 と言った。すると、伊藤君はニヤッと笑って、

 「1万円。」

 と言った。

 「1万円?!スゴイ!お金持ち~!僕のお小遣いなんて

 3千円だよ。」

 「俺は千円だ。しかも、文房具代含めてだから、ジュース1つ

 買えやしない。加藤が最初にコンビニ行こうって言ってきた時、

 俺、正直に、金ない。借りても返せないって言ったら、ジュース

 奢ってくれたんだ。加藤って良い奴だろ?」

 伊藤君家は貧乏だった。僕は伊藤君が加藤君と友達になった

 訳がようやく分かってきた気がした。

 「そういえば、神崎って学校辞めて、茨城の田舎に

 帰るんだってな。」

 「えっ?何で?」

 「あれ?知らなかったのか?教え子に手を出したせいで、

 学校を4月いっぱいで辞める事になったらしいぜ。」

 「神崎って誰?」

 加藤君が僕の肩を抱き寄せて、聞いてきた。加藤君と並ぶと

 身長145センチの僕は本当に子供のように思えてくる。

 ちょうど頭一個分違う身長なので、肩に腕を置き易いのか、

 加藤君はやたらと肩を組むのが好きみたいだった。

 「僕の小学校の時の担任。」

 「ロリコンなの?いくつ?若い先生?」

 「29歳。」

 「オッサンじゃん。」

 オッサンってほどの歳でもないけど・・・僕は自分の恋人を

 オッサンって言われて少しムッとした。

 「麻里緒は可愛いから気をつけろよ。変態に狙われる顔

 してっからな。俺なんか入学式の日に学ラン着てる女子が

 いると思って、びっくりして、ガン見したからな。」

 「ハハハ・・・俺も小1の時に最初、麻里緒が男子トイレに

 入って来た時、女の子が入って来たと思って、ビビったよ。

 麻里緒はどっから見ても女の子にしか見えないからな。」

 「ヒドイなぁ。僕のどこが女の子なの?」

 「顔。」

 伊藤君と加藤君が声をそろえて言った。

                         

 家に帰る途中、先生に会った。

 「あれ、神崎じゃね?」

 伊藤君が眼鏡をかけた中肉中背のスーツ姿の男を指さして

 言った。先生は普段から神経質そうな顔をしていたけど、

 更にピリピリした空気を漂わせて、僕のほうを見ていた。

 「先生・・・」

 僕が先生に気付くと、先生は暗い顔で僕に近づいてきた。

 「麻里緒。今、ちょっといいか?」

 「うん。・・・あっ、ごめん。僕、先に帰るね。バイバイ。」

 僕は伊藤君と加藤君に別れを告げて先生について行った。

 先生のアパートは案外、加藤君の家の近くだった。先生の

 部屋に入ると、引っ越しの段ボールの荷物が積んであった。

 「引っ越すの?」

 僕が先生に聞くと、先生は

 「ああ。実家に帰るんだ。小学校は辞めたよ。」

 と言った。

 「どうして?」

 「どうせ噂は耳にしてるんだろ?」

 「うん。伊藤君から聞いた。4月いっぱいで学校辞めるって・・・」

 「そうか。少し辞めるのが早くなったんだ。今日、退職したよ。

 茨城に帰ったら、また別の小学校に就職するか塾の講師

 にでもなるよ。」

 「ふ~ん。」

 「麻里緒は怒らないんだな。」

 「怒ってるよ。浮気されるなんて思ってなかったから・・・」

 「浮気?普通、あれは浮気って言わないぞ。」

 「じゃ、何て言うの?」

 「・・・。麻里緒こそ伊藤とまた付き合い出したのか?

 全然聞いてなかったぞ。」

 「先生がしばらく会えないって言った後からだから・・・」

 「ま、いいさ。それより、デレデレと麻里緒の肩を抱いていた

 奴は誰だ?あんな不良と付き合ったら、人生ダメになるぞ。

 もっと友達を選びなさい。」
 
 「先生、妬いてるの?」
 
 「フッ。そうかもな。」

 先生が僕の顎に手をかけて口づけをした。久しぶりのキスに

 僕は眩暈を感じた。やっぱり僕は先生が好きなんだなって

 思っていると、先生が僕をベッドに押し倒した。

 「学生服も萌えるな。」

 先生はそう言うと、学ランとシャツのボタンを外して、僕の

 胸の突起を摘まみ上げた。

                          

 「あっ。」

 先生に胸を吸われて、僕は感じてしまった。パンツの中に

 滑り込ませた先生の手が熱くなった僕の下半身を掴む。

 僕は扱かれて、更に身体が熱くなった。腰を少し浮かせて、

 先生にパンツを脱がせてもらうと、先生は悪戯っぽく観察

 するように、僕の下半身を包む皮のたるみをひっぱって、

 口に含み、先端を舐めた。ペロペロと舐める先生の舌が

 僕の身体を熱く溶かす。僕は喘ぎ、舐められただけで

 イキそうになった。先生がローションを取り出して、指に

 たっぷりとつけると、僕の中に中指をゆっくりと入れてきた。

 「あ、ああ・・・」

 先生は第二関節まで指を入れると、再び僕のものを口に

 含み、舌と指の両方を動かした。

 「あ、ああ、イク。ああ~」

 僕は気持ち良くてイってしまった。あっけなく果てた僕を見て、

 先生はこう言った。

 「早いな。もうイったのか。」

 「だって、久しぶりだったから。」

 僕は顔を真っ赤にして、潤んだ瞳で言った。すると、先生は

 「麻里緒は可愛いな。」

 と言って、僕の足を肩まで抱え上げて、僕の中に入ってきた。

 「あっ、ああ、ああ~」

 身体を引き裂く痛みに顔を歪めて、僕は声をあげた。

 「麻里緒。痛いのか?」

 「・・・」

 「たった2週間していないだけで痛みを感じるのか。麻里緒の

 中はホントきつくて、女とは比べものにならないくらいに

 締めつけてくる。麻里緒のせいで俺は女を抱けなくなった。」

 先生は真剣な顔でそう言うと、僕の首に吸い付いた。僕は

 首が弱いのか首を吸われると、すごく感じてしまう。いつも

 先生はキスマークつけるといけないからって加減するのに、

 今日は違っていた。執拗に僕の首を吸い続け、腰を激しく

 動かし続けた。

 「あ、ああ、ああ、ああ~」

 僕はいつしか痛みも忘れて、嬌声をあげながら、先生に

 しがみつき、頭の中が真っ白になった。頭の中が空っぽで

 何も考えられない状態になって、宙に浮くような感覚と同時に

 ドクンっと放たれたのを感じて、僕は果てた。先生が僕の

 身体から離れると、僕の身体からドロっとした白い液体が

 垂れて出てきた。ティッシュでそれを拭い取った後、僕は

 こう言った。

 「先生。大好き。」

 僕はいつも終わった後、ベッドで夢を見ているかのように

 先生に言う。僕は先生と別れる気はなかった。先生が茨城に

 帰っても会いに行こうと思った。

 「先生に手紙書くよ。今度の週末ゴールデンウィークだし、

 茨城に会いに行くよ。」

 僕は先生が喜ぶと信じて疑わなかった。でも、違っていた。

 「正気か?」

 先生は信じられないものでも見るように僕を見て言った。

                        
  
 「悪いが、今日で最後にするつもりだったんだ。実家には

 来ないでくれ。」

 「何で?」

 「俺は何もかも忘れて、心機一転やり直したいんだ。」

 「僕は先生のこと忘れないよ。」

 「忘れるさ。そのうちに。・・・まさかと思うけど、麻里緒は

 遊ばれていた事に気付いていないのか?」

 先生は僕に冷たい視線を浴びせた。

 「・・・。」

 僕は急に裏切られた気分になった。悲しくなって、涙が

 溢れてきた。でも、先生は僕が目の前で泣いているのに、

 明らかにうんざりした顔で、こう言った。

 「麻里緒は俺の天使じゃなかった。俺は心の中でずっと

 天使のような純真な子供を探していた。麻里緒の顔を

 最初に見た時、天使がいたと思ったよ。でも、麻里緒は

 違っていた。天使のような美しい顔とは裏腹に心の中は

 ずるくて、汚い。人に媚びて見返りを求めるような堕天使は

 いらないんだ。麻里緒は親の愛が薄く育ったから、親に

 愛されたくてしかたないんだろ。俺は麻里緒の求めるような

 愛は与えられない。俺は麻里緒の父親じゃないからな。

 もちろん、母親の代わりにもなれない。身体を差し出す

 代わりに愛してくれっていうような子はいらないんだ。

 麻里緒の身体が穢れた時も俺と同じような人間に懐いていた

 からなんだろ?8歳で翼をもがれるように男に襲われた

 麻里緒は可哀想だと思うよ。でも、それは麻里緒に原因が

 あるんだ。誰でもいいから愛して欲しいなんて顔してる

 麻里緒がいけないんだ。俺は麻里緒と出会うまで一度も

 生徒に手を出した事はなかった。それなのに、ホイホイと

 ついてきて、何をされても嬉しそうにしている麻里緒を

 見ていたら、理想や妄想と現実の区別がつかなくなった。

 麻里緒のせいだ。俺は現実に戻るよ。茨城に帰ったら、

 好きでもない女と見合いして、結婚でもするさ。だから、

 もう麻里緒とは会わない。」

 「酷いよ・・・」

 「麻里緒は優しくしてくれる人なら誰でも良いんだよ。

 俺じゃなくてもいい。こんな関係は早く終わらせたほうが

 お互いの為なんだ。頼むから、もう、帰ってくれ。」

 泣きじゃくる僕に先生はそっとティッシュを渡して、涙を

 拭くように言った。そして、ベッドの傍に脱ぎ捨ててあった

 服を拾い集めて僕に着せてくれた。僕は先生に何を言って

 いいのか分からなくて、最後に何か言わなくちゃと思っても

 言葉が出てこなかった。先生はアパートの玄関まで僕を

 見送ると、

 「元気でな。麻里緒。さようなら。」

 と言って、パタンとドアを閉めた。ガチャっと鍵をかける音が

 悲しくて、僕は泣きながら独りで家に帰った。


                              (完)




 オリジナルBL小説「落日(第1部)」挿絵







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